Hütte on the moon.

いだてんぐの小説置き場です

短編小説

ナイショ

「おばあさんはどうしてそんなにお耳が大きいの?」 山を下り、小屋の主人である老婆を食らってからどれほど経っただろう。最初は老婆の皮を被って、よく訪ねてくるという孫も食べてやろうと思っていた。はずなのに。「お前の声をよおく聞くためだよ」「おば…

いちご

それは陽の光に照らしたルビーのように、深く鮮やかな赤。 親戚からもらったからとバスケットから溢れんばかりのいちごを花重から受け取ったのはつい昨日のことだ。 『1人だと持て余しちゃうし食べて食べて!』と言われたはいいものの、そのまま食べるにして…

ケーキ

「ごめんね、2人とも。在庫処分みたいなことさせちゃって」クリスマス翌日の『パティスリーサリュ』。麻尋は顔の前でぱん、と手を合わせ娘のあやめとそのパートナーである古都に頭を下げる。「謝らないでください、麻尋さん!むしろケーキを頂けて嬉しいくら…

ショートケーキ

白いドレスに赤い王冠。煌びやかな装飾のないその佇まいが、かえって女王の風格を感じさせた。 あらゆるケーキが花を添えるクリスマス。ショーケースの中で出番を待つ彼女たちはどこか誇らしげで。その中でも一際輝きを放っているのは、シンプルなショートケ…

ハロウィン

「トリックオアトリートー!」いつの間にやらバレンタインやクリスマスと肩を並べるほどのイベントとなった10月31日。仮装した人々で溢れかえる街中をそのまま切り取ったように、魔導課もオレンジと黒で彩られていた。愛らしい蝙蝠やかぼちゃの装飾の中で猫…

愛の在り処

自身の求める愛なるものが那辺にあるのか、僕には凡そ見当もつかない。 誰にともなく僕がその呟きを空に投げると、少し離れたところに居た君は不意に振り向き悪戯っぽく笑った。「愛の在り処は此処ではない何処かではないのよ」ととと、と彼女は僕に向かって…

焼き芋

乾いた風、どこからともなく漂ってくる焚き火の匂い、色づいた木々。秋を感じさせるものは色々あるけれど。 「スーパーに焼き芋が並び始めると、秋!って感じするよね」銀杏の葉を踏みしめる2人の手の中には紙袋に包まれた温もり。今の時間に食べてしまうと…

武器

刃が月影を受けてぎらりと煌めいた。 「"眠れ"!」あやめのその声に促されるように魔力の源──聖骸は機能を停止する。その持ち主の男は悔しそうに唇を噛むと、懐に忍ばせていたバタフライナイフを手に彼女へ迫った。「くっ……!このぉ!舐めやがって!」キィン…

ネコ

それはどこまででも深く潜れそうなキトゥンブルー。 よたよたと頼りない足取りで白い毛玉が板張りの廊下を歩く。 一歩踏み出す度に、姉は歓声を上げた。 「可愛い!可愛いねえ、この子!」 「姉ちゃん、こいつが来てからそれしか言ってねえな」 「うるさい、…

金色の風はセンチメンタルを連れてくる。それは夏から遠ざかった故の冷たさをその身に纏っているからだろうか。ぴゅうと駆け抜ける北風に古都は思わずウイッグを押さえる。ちょっとやそっとでは取れはしないとわかっていても、やはりこういうときは少し怖い…

褐色

「今年こそ、小麦色に焼きたい!」 外ではミンミンゼミのコンサート。燦々と降り注ぐ日差しに人々が辟易しながら歩いている最中、エアコンの効いた研究室でエリスが吼える。その肌は雪を思わせるくらい白く、小麦色とは程遠い。「エリス先輩、小麦肌に憧れが…

ヘッドホン

「──先輩、雪丸先輩!」 ヘッドホン越しに聞こえる声に、魔導課第2部隊所属の鈴廣雪丸は後ろを振り向く。そこには駆け寄ってくる後輩、春沢銀歌の姿があった。高い位置で結われたツインテールがぴょんぴょんと跳ねる。「おー銀歌、今帰りか?」「はい!雪丸…

ラーメン

ラーメンとはカメレオンである。 麺の細さから味、トッピング、ベースとなるスープの出汁の組み合わせでその姿を如何様にも変える。例えば同じ醤油ラーメンでも、店によってその味わいは全く別物と言ってもいいくらい異なるのだ。「つまりそのラーメンにはそ…

パーティーを抜け出して

挨拶回りばかりの退屈なパーティーなど、抜け出してしまえばいい。 「ちょ……古都!勝手に抜け出したら……」 みんなに心配かけちゃう。そう言いかけたあやめの唇を古都は人差し指で塞ぐ。 「ちょっとだけだし、大丈夫だって」 細い手首を軽く掴んで、彼はパー…

サイドテール

「古都、頼みたい仕事があるんだが、ちょっといいか」 上司である優木左京に呼び出された古都は司令官室を訪れていた。魔導課の副隊長という立場上、こういったケースは少なくない。しかし自分だけに仕事を頼まれるというのは今までにないことだった。「もち…

チョーカー

「ねえ、古都。これって変じゃないかなあ?」 桜色のカクテルドレスを身に付けたあやめは、裾をつまんでその場でくるりと回る。Aラインのシルエットがゆらゆらとひらめいた。「ん、よく似合ってるよ」古都はネクタイを軽く締め直し、目線をあやめの方に向け…

黒髪

宵闇で染め上げた髪がふわりと北風に舞った。 街路樹は鮮やかに化粧をし、通りに金糸と紅の絨毯を敷き詰める。琥珀は踊るように天鵞絨のスカートを翻し、待ち人ににっこりと微笑みかけた。「久しぶりね、楓」「お久しぶりです、姉さん。今年も綺麗に染まりま…

炎のような恋、水のような愛

炎と水が交わった。 河原古都──魔術界隈では「類稀なる炎使い」として有名な魔術師である。そんな彼の瞳には、操る炎と同じかそれ以上の熱が宿っていた。「……あやめ」それは偏に彼の同僚であり、上司であり──そして同級生かつ想い人にあたる巴華あやめが要因…

座る

今日の任務はハードだった、とあやめは伸びをしてベッドに座り込んだ。 「お疲れ様、あやめ」ココアで満たされたペアマグを手にした古都がその隣に腰掛ける。「はい、どうぞ」「ありがとう!……それにしても3件も出動があるなんて」休む暇もなかったよ。忙し…

流星のような、恋

恋はまるで流星のようだ。前触れもなく降り注ぎ、心を捉えて離さない。 「あっ、古都!見て見て、オリオン座だよ!」よく磨き上げられたガラス窓のような透き通った空気に、白い吐息が溶けて消えた。黒いキャンバスに散らされた無数の星があやめの柘榴色の瞳…

兎と虎と鷹と

「そういえば兎月くん、苗字はなんというんだ?」 「苗字、と言いますと」「兎月というのは下の名前だろう?」「いえ、苗字です。フルネームは兎月遊鷹、遊ぶに鳥の鷹と書いて遊鷹です。」「……鷹?」「はい、そうですけど」「兎月と言うから草食動物だと思っ…

天使

「ほら、あれが噂の虎縞エリス……」「ああ、天才で有名な……」 かつかつと学部棟の廊下を鼻歌交じりで闊歩する、金髪に白衣を身に纏った人影。その天使と見紛うような容貌の彼女を遠巻きにしながら、2人の学生は囁き合う。「ぱっと見中学生か高校生にしか見え…

ウサギ

「兎月くん、聞いたことがあるかね?月の兎が搗く餅は大層美味しいらしい」 虎縞エリスが突拍子もないことを言い出すのは珍しいことではない。兎月はすっかり慣れた様子で流そうとしたが、その内容に引っかかりを覚え聞き返す。「そんな伝説でしたっけ?元々…

春風のジャム

薄桃色の雪を籠一杯に集めて、琺瑯の鍋で煮込みましょう。星屑の金平糖を一掴み。芽吹きたての若葉色を一雫。仕上げに青空に響く小鳥の歌声を加えたら。春風そよぐジャムの出来上がり。 「琥珀さん、これでいいんすか」「うんうん、上出来よ綺羅崎くん」鍋の…

お菓子

世界と云うものは、貴方が思うよりもずうっと狭隘で冷酷で……それでいてどんなものよりも甘美なの。そう、まるで満天の星空を映した、一滴の甘露のように。 そんな世界で生きるということは、甘い甘いキャンディを求めて延々と彷徨うのと同じ……その蠱惑的な甘…

マスター

ふわりと春の日差しのような芳香があたりに漂った。 「マスター、いつもの」「おや、エリスちゃん。いつもの後輩くんは一緒じゃないのかい?」「ああ、彼なら実習が終わらずに研究室に缶詰だよ」私はひと段落ついたから、こうして顔を出したわけさ。カウンタ…

ドーナツ

ドーナツの穴から向こう側を覗き込む。 「虎縞先輩?何してるんですか」「ああ、兎月くんか。何、世界を切り取って見ていただけだよ」先人は窓から見える景色を絵画のように楽しんでいたという。私もそれに倣ってみようと思ってね。虎縞エリスはドーナツを目…

「──やあ、また来たのか」 芝居掛かった大仰な所作で研究室の主──虎縞エリス先輩は僕を迎える。「一応、ここの研究室志望ですから」「ははっ、変わり者だ。虎の元にわざわざ足を運ぶ草食動物がいるとは」「草食動物って……確かに僕の名前は兎月ですけど」それ…

マグカップ

世界をマグカップ一杯に詰めたら、それは一体どんな味なのだろう。 とろけるほど甘いホットチョコレートに似ているのか、エスプレッソのように深い苦味を湛えたものなのか。あるいはミネラルウォーターに負けず劣らず無味無臭なものなのかもしれない。 「い…

ゴスロリ

篠塚花重にとってのゴスロリとは、魔法である。 それは身に纏う非日常。お気に入りのクロッシェレース、甘過ぎないリボン、艶かしい黒タイツ。ふわりと膨らんだフリルが配われたスカートをひらめかせればたちまち誰もが振り向くヒロインになれる。何者にもな…