Hütte on the moon.

いだてんぐの小説置き場です

春風のジャム

薄桃色の雪を籠一杯に集めて、琺瑯の鍋で煮込みましょう。
星屑の金平糖を一掴み。
芽吹きたての若葉色を一雫
仕上げに青空に響く小鳥の歌声を加えたら。
春風そよぐジャムの出来上がり。

 

琥珀さん、これでいいんすか」
「うんうん、上出来よ綺羅崎くん」
鍋の中でくつくつと煮立つとろりとした春色を銀の匙で掬ってぱくっ、と一口。琥珀糖庵の主人である糖蜜琥珀は鼻歌交じりで満足げに頷いた。
「やっぱりこの季節はジャムにするのに最適ね。他の季節も美味しくないわけではないけれど、華やかさと軽い口当たりは春にしか出せないわ」
立て付けの悪い戸棚から琥珀が手のひらに収まる大きさの瓶を取り出し、机の上にいくつも並べる。陽の光がガラスの中を乱反射して、飴色をした木製の床に無数の日溜まりを作った。
「それにしても珍しいっすね。いつもは魔法でちゃちゃっとお菓子を作るのに、わざわざ鍋を出してきて桜を煮詰めるなんて」
「ふふっ、それはね、綺羅崎くん」
薄闇色の長い髪を南風に靡かせ、琥珀はあやとの唇に人差し指を当てる。
「時に手間は魔法よりも不思議なものなの。人それぞれ顔立ちが違うように、手作りの品は作り手によって表情を変える。だからいくつかの品はこうして手作業で作っているのよ」
そういうもんなんですか。あやとは出来上がったものを瓶に詰めて、太陽に透かす。春の日差しを凝縮したようなそれは、朝日を受けた露よりもきらきらと煌めいて。
「……宝石みたいでしょう?でもジュエルほど無機質じゃなくて、何処か暖かい」
見惚れる彼の隣には、宵闇の明るいところを切り取った紫。少しつり上がった琥珀色の瞳を嬉しそうに細める彼女は、自分よりも数十年も長く生きているとは思えないほどあどけなく。

 

「──そうっすね。今の時期の一番、綺麗なところを掬い取ったみたいで」

 

柄にもなく彼は、こんな日々がずっと続けばいいのにと思ってしまったのだ。