Hütte on the moon.

いだてんぐの小説置き場です

いちご

それは陽の光に照らしたルビーのように、深く鮮やかな赤。


親戚からもらったからとバスケットから溢れんばかりのいちごを花重から受け取ったのはつい昨日のことだ。

『1人だと持て余しちゃうし食べて食べて!』と言われたはいいものの、そのまま食べるにしても量が多い。料理は得意分野ではないがせっかくの頂き物を駄目にしてしまうのも忍びない、と昔から父がよく作ってくれていたいちごムースケーキを作ることにしたのである。


『いいかい、あやめ。お菓子作りをするときに大切なのは分量をきちんと計ることなんだ』


家でお菓子を作る度、パティシエの父が口癖のように言っていたのを思い出す。しっかり計量しないと別物のようになってしまうのだという。


『あとは少しオーバーかな?ってくらい砂糖を入れること。人が「甘い!」って感じるためには結構な量の砂糖が必要なんだよ』


その言葉の通り、調べたレシピに載っていた砂糖の量はびっくりするくらい多かった。甘いものが好きで、普段からお菓子をよく食べているあやめからするとあまり知りたくなかった事実だ。

生クリームに、砂糖と一緒に煮詰めたいちごを混ぜ込んで、ふやかしたゼラチンを加える。それをケーキ型に流し込んで、冷蔵庫で数時間。スプーンで押しても生地がついてこなくなったらムースは出来上がり。
淡い桃色のムースの上へ、慎重に真紅の果実を敷き詰めていく。皿に山盛りになっていたそれがなくなる頃には、朝露を受けて煌めく薔薇のようなケーキが出来上がっていた。
「完成……!」
流石にケーキ作りを生業とする父には及ばないが、なかなか上手に出来たものだとあやめは心の中で自画自賛する。売り物だと言っても通用するのではないか。
仕上げに溶かしたゼラチンを刷毛でいちごの表面に塗りながら、彼女ははたと気付く。1ホールのケーキは1人で食べるには大きすぎる。
魔導課に持っていくにしても今日は休日、ムースケーキである以上日持ちもしない。途方に暮れかけたそのとき、あやめのスマホに一通のメッセージが届く。


《花重からもらったいちごでタルト作ったんだけど、よかったら食べない?》


ああ、そういえば古都もいちごをもらっていたっけ。あやめは苦笑を漏らしながら手早く返信を打つ。

 

その日、作ったケーキを半分ずつ分け合う魔導課総隊長と副隊長がいたとか。