Hütte on the moon.

いだてんぐの小説置き場です

天使

「ほら、あれが噂の虎縞エリス……」
「ああ、天才で有名な……」

 

かつかつと学部棟の廊下を鼻歌交じりで闊歩する、金髪に白衣を身に纏った人影。その天使と見紛うような容貌の彼女を遠巻きにしながら、2人の学生は囁き合う。
「ぱっと見中学生か高校生にしか見えないのに、すごいな」
「何でも大学に入ってからいくつも目覚ましい成果を出しているらしいぞ。
その功績から大学の学費を免除されているとかなんとか」
「マジで?俺は、もう研究所に所属してるって聞いたことがあるけど」
「ふふん、私の能力を評価するのなら遠慮せずに話しかけてくればいいものを」
いつの間にか、その2人の背後にはエリスが仁王立ちしている。その顔はどこか誇らしげだ。
「うわぁ!?ととと、虎縞、さん!?」
「そう身構えなくともよい、天才は噂されることも仕事のうちなのでな。慣れておるよ。
して、私の功績に興味があるのだな。それには私がこの大学に入った経緯から話をせねばならないだろう。何を隠そう私がこの大学への進学を決めたのは、その分野の第一線で活躍している河原准教授がいらっしゃると伺ったからだ。ここに来れば、かの准教授の元で研究が出来る──そう知って居ても立っても居られなくなってな。高校1年の時から大学に通いつめたものだよ。無論、正式な学生ではないから何度となく門前払いを食らったがね。
しかし無事受験に合格して、河原准教授の研究室に配属されるに至ったというわけだ……っていない?」
「……さっきの学生なら走って逃げましたよ、先輩」
「む、兎月くん」
「そうやって噂している人に片っ端から自分の経歴を話しにいくから避けられるんですよ……」
ちょうど講義が終わって通りかかった兎月が溜息をつく。その言葉に解せぬという表情を浮かべ、エリスは腕を組んだ。
「何故だ?私に興味があるのではないのか?」
「興味というほど積極的なものではないですね……」
まだ腑に落ちていないのか、エリスの眉間に皺が寄る。彼女は容姿こそ純粋無垢な天使ではあるが、その性格は理屈っぽく尊大で、おまけに長話を好む。関わる人を著しく選ぶ性質をしているのだ。

 

そしてまた、今日もその天使は人と仲良くなるチャンスを逃していたのだった。