Hütte on the moon.

いだてんぐの小説置き場です

ドーナツ

ドーナツの穴から向こう側を覗き込む。

 

「虎縞先輩?何してるんですか」
「ああ、兎月くんか。何、世界を切り取って見ていただけだよ」
先人は窓から見える景色を絵画のように楽しんでいたという。私もそれに倣ってみようと思ってね。虎縞エリスはドーナツを目の高さに持ち上げて、その穴越しに後輩へ視線を向けた。
「食べ物で遊ぶのはよくありませんよ」
「遊んでいるわけではないさ、芸術活動の一環と言ってほしいね」
兎月の咎める声に、エリスは口を尖らせる。その表情は、既に一線で活躍している研究者とは思えぬほど幼く可愛らしい。
「それで、その芸術活動とやらで何か得られました?」
「ああ、聞いてくれ。素晴らしい成果が得られたぞ。

 

兎月くんはいつも仏頂面をしていてとてもつまらない!」

 

そう言い放ったエリスの顔は大真面目で。兎月は虚を衝かれたためか目をぱちぱちと瞬かせた後、申し訳なさそうに頬を掻いた。
「……すみません、自覚はないんですが」
「だろうな。試しににっこり笑ってみたらどうだ?」
エリスが兎月の頬を上へと引っ張る。そうして作られた表情は不恰好で、笑顔と呼ぶにはぎこちないものだった。