Hütte on the moon.

いだてんぐの小説置き場です

短編小説

マフラー

白い息が目の前で溶けて、消えた。 夏は私の横を駆け抜けて、たちまち冬を連れてきた。秋色に化粧していた街並みは既にお色直しを終え、青白いイルミネーションとどこまでも透明な空気を身に纏っている。私は手に提げたビニール袋の中をそろりと覗き込む。そ…

ケーキ

ウェディングドレスのように真っ白なクリームがとろりとスポンジを覆っていく。 「わああ……!相変わらずお父さんの作るケーキ、美味しそう……!」「そうかい?あやめにそう言ってもらえると自信つくなあ!」麻尋は娘のその言葉に頬を緩ませる。パティシエにな…

ドレス

レタスのフリル、キャベツのパニエ。 今日の私はお姫様。緑のドレスをこの身に纏って、テーブルクロスの上を華麗に舞うの。降り注ぐクルトンとパルメザンチーズの雪。トマトの口紅を引いたらフォーク王子にこんにちは。手を引かれるまま連れ出されたのは陶器…

ミライ

私は、 砂糖菓子で出来た宝石の甘美さを知らない。 夜闇を汲み取ったカップ一杯の苦味を知らない。 太陽をいっぱい浴びて黄色いドレスを纏った果実の酸っぱさも 茶柱の立った眉をひそめるような渋味も さらさらと砂のように指先から零れる塩っぱさも 私は、…

夕焼けを切り取ったようなミネストローネ

給されたのは、深い皿を並々と満たす夕焼け。 スプーンで一掬いすればそこは広大な畑。 太陽の光を体いっぱいに浴びて青々と育った作物たち。 口に含むと角切りにされたそれらが口の中で解ける。 素材が持つ本来の甘みを引き出すように計算された塩味は まる…

モノクロ 2つ目

耳慣れた流行のメロディを白黒の凹凸でなぞる。 絶対音感があるからといって世界が色づいて見えるわけではない。 むしろ雑音が多すぎて黒く塗り潰されたキャンバスのようだ。 どんなに鮮やかな色でも、 何色も何色も混ぜ合わせれば漆黒になるように。 僕にと…

モノクロ

硯の中、波打つ墨に筆を沈める。ぷくぷくと僅かに泡を上げながら、白い毛先が黒を含んで重くなる。すう、と息を吸って、静止。その後一息で真横に線を引く。じわじわと紙が墨を飲み込んでいく。 書く字は「寿」。 結婚式を間近に控えた姉達ての希望で、僕が…